2008.03.21

ピアニスト上原ひろみさんを育んだ?土壌?

 先日、同僚の教員たちから「浜松は楽器の街だからか、浜松出身の学生はピアノを習っていることが多い」という話を聞いた。そのときは、特にさほど気に留めずにいたのだが、最近、お気に入りのジャズピアニスト上原ひろみさんの出身が浜松だと知り、こういう優れたピアニストの誕生に、こういう地域の雰囲気が関係しているとすれば、すごいなあと思うようになった。
 ちなみに、最近、良く聞いているのは、上原ひろみ"Another Mind"、そのなかでも特に"Dancando No Paraiso"がいい。身体のなかからノッてくるという感じがぴったりくる。

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2008.02.29

生まれました

25日の朝、二人目の子どもが生まれました。今回は「家族みんなで、おなかの子の誕生をむかえたい」ということで家族での立ち会い出産をしたい、そしてできるだけ自然分娩をということで、おしか助産院(静岡市駿河区)での出産を選びました。母子共に健康で、のぞみどおりの出産ができて、おしか助産院のみなさんに感謝します。

 上の子が生まれた上田市産院(長野県上田市)も、とてもいい産院でした。WHO・ユニセフ認定の「赤ちゃんにやさしい病院」(baby friendly hospital)としての指定をうけた病院で、助産師と医師との連携がすばらしい産院でした。しかし、医師不足のあおりをうけ、この産院もふくめ上田市(だけではありませんが)近辺では出産を支える体制がぐらぐらしてきています。上田市産院の存続の危機もあったのですが、ここで出産した母親たちの声がなんとか押しとどまらせているという状況のようです。各地で同様の問題が起こっています。

 私的な問題であり、同時に公共的な問題である出産。児童福祉に関する研究者として何ができるか考えていきたいと思っています。

 が、今日のところは、一人の父として乾杯です。(助産院に泊まっているつれあいと生まれたばかりの子と別れ、上の子と二人きりの寂しい夜二日目。上の子も寝て、一人になった時間に)。

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2008.02.08

久々の歴史研究モード

 ここ数日、締め切りにおわれ、何度か徹夜をして、何度も読んだはずの資料を読み返しながら、論文を書いています。ブログも更新できなかった一因です。
 1933年に公布された少年教護法(後に児童福祉法に引き継がれる法律)の成立過程が対象です。これまでの研究成果では明らかにされていなかったことが書くことができそうです。書きながら、当時、少年教護法を成立させるために奮闘していた感化院(現・児童自立支援施設)の院長らの考えていたこと、行動したことが浮かんできて、ワクワクしています。
 40歳も近くなり、徹夜したりするような執筆活動は身体的には大変しんどいのだけれど、執筆に没頭したのが久しぶりなので、しんどさより研究の楽しさを感じています。自立援助ホーム丸太の家の運営や育児などもあって、歴史研究に没頭できないブランクがあっただけに、いっそう感じます。

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2008.01.25

精神分析による視角

 特集「新自由主義」やその執筆陣の顔ぶれにひかれて『情況』2008年1,2月号を購入。まだ、パラパラと読んでいる段階だけど、、、。
 樫村愛子「インタビュー 新自由主義を精神分析する」が、精神分析とは何であり、精神分析が新自由主義を捉える視角はどういうものであるか、を端的に語っている。大変勉強になった。以下は、その箇所の引用。

「ーー新自由主義を始め、資本主義を推進していく側には一定の人間観がありますが、精神分析にも、それとは異なる人間観があると思われます。現代社会における様々な問題は前者の人間観が機能不全に陥っていることの現れだと思いますが、それに対して精神分析の持つ人間観はこうした諸問題を分析し相対化する契機や何らかの手がかりを与えてくれるのでしょうか。
樫村 精神分析は自己決定していくことの困難さを提示している理論です。人は他者に依存し、他者から自己が生まれてくるということを示し、教育や芸術や労働やケアの場面などで、転移や他者との関係を抜きに人間の変容や創造性が可能ではないことを示しています。新自由主義においては、人間関係がアトム化した個人と個人との関係のレヴェルでしか考えられていないのですが、そこに精神分析の人間観との大きな違いがあると思います。」(p.134)

 自分で自分を傷つけ貶める若者と共に生きようという姿勢をどうつくるか。自立援助ホームの支援姿勢にもかかわる問題。新自由主義が鼓舞する自己責任論を相対化する視点や視角をもっとうまく言語化できないと、この姿勢にならないと思っていたが、精神分析から学ぶことができるかもしれない。勉強してみよう。

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2008.01.17

また、MacからWindowsに

 僕が使うAppleのノートパソコンは、よく故障する。

 夏休み前に備品として購入したMacBookは、使い始めてしばらくすると[i][k][8]等のキーが反応しなくなった。たまにしかその症状がでてこないので直ったかな?と思うと大事なときに症状がでるという繰り返しだった。この症状が頻発するようになったのでようやく12月に修理に出した。すぐに直って戻ってきたのはよかったのだけど、しかし、それから一ヶ月もしないうちにまた故障。今度は、全く起動しなくなった。で、明日修理に出すことに。

 OSについては、WindowsよりもMacOSが気に入っている。特にMacOSは、10.3以降大変気に入っていて、起動や検索も速いし、なにより安定している。標準のメールや画像処理ソフトもすごく使いやすい。ワードやエクセルも使えるからWindowsで仕事をしている人たちとのやりとりにもほとんど困らない。だから、本当はAppleのパソコンをメインにしたいのだけど壊れるので、結局Windowsがのったパソコンがメインになってしまう。今は、共同研究の関係でサブマシンのつもりで使うことになっていたpanasonicのLet'sNoteがメイン。

 1~2年ぐらい前はAppleのibookG4を使っていた。これも故障が多かった。買ってしばらくすると、液晶の真ん中あたりの色が白くなってきたので交換に。その後数ヶ月は何ともなかったが、ある日、会議でメモをとっていたら火花がでて起動できなくなった。ロジックボード交換。修理からもどってきて2ヶ月ぐらいしたらまた同じような症状がでた。このときは1年間の保障期間をすぎていたので、修理するのをあきらめた。で、その前に使っていたWindowsXP proがのったThinkpadX30をメインマシンに戻した。

 ウィンドウズのマシンをしばらく使っていると、やっぱりMacOSXが使いたくなり、Appleのパソコンを買う。MacBookにしたのは、これだった。それなのに、しばらくするとAppleのパソコンは壊れて、Windowsのパソコンを使うことになる。そんなことを繰り返しているここ数年。

 いいかげん、Appleに見切りをつけたらと何度も周りの人にいわれ、自分でもこりごりと思うのだけど、やはりOSはMacがいい。ハードを選ぶことができたら、、、本当にそう思う今日この頃。

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カンニング中島さんの闘病

 夜中、偶然につけたテレビで、コメディアンのカンニング中島さんの闘病を追ったドキュメンタリーを見た。
 妻や息子のために生きようと白血病と闘った彼の生きざまがよく描かれていた。

 家族との時間を大切にしよう、限りある命の時間を大切にしよう、あらためて、そう思えた。

 中島さんが亡くなったとき、息子さんは2歳3ヶ月だったそうだ。その息子さんは今三歳。テレビに映るその姿は、わが子の姿と重なった。

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2008.01.13

ブログ再開にあたって

2年以上更新していなかったブログを更新します。
2年以上更新していなかった自分のサイトも更新しはじめました。

これまで更新できなかった理由は、余裕がなかった、これにつきます。

以下は、私と個人的なおつきあいがある方以外には、あまり意味のない内容だと思います。近況報告を兼ねて、更新できなかった時期、特に昨年度あたりの出来事などを箇条書きにしてみます。

2006年1月 NPO法人の代表理事より辞職願いを受け取る。副代表理事から代表理事代行(事務局長兼務)になる。
2006年2月 NPO法人が運営する自立援助ホーム丸太の家の児童指導員に。息子1歳。
2006年3月 丸太の家のホーム長(当時)が退職。運営存続のために奔走。
2006年4月 連れあいが丸太の家のホーム長に。家族総動員体制で丸太の家運営。
2006年5月 NPO法人の代表理事になる。
2006年5月~9月 丸太の家の移転にむけて、移転候補地の自治会長らと交渉。しかし、自治会からは最終的に反対される。
2006年11月~2007年2月 丸太の家ホーム長代行を兼務。週に3、4日の宿直。丸太の家の移転にむけて他の候補地での準備。
2007年2月 息子2歳に。父が亡くなり、3月末まで実家の愛知とを行ったり来たり。
2007年3月 丸太の家引っ越し。ホーム長代行を現ホーム長に引き継ぐ。長野大学退職。上田市の自宅を引き払うことができないまま静岡に引っ越し。

 こんなことを大学教員の仕事と兼務でやっていました。丸太の家の運営も、子どもたちとの関わりでは精神的にはものすごいエネルギーを使わないとやっていけませんでしたし、自宅にいてもいつ呼び出されるかわからない日々も辛かった。
 これを続けていたら過労死だと本気で思っていました。この間、大切な友人の結婚式も失礼してしまいました。手紙に返事を書くことも、メールの返信もまともにできない日々でした。数々のご無礼、もうしわけありません。

 今では、丸太の家も新しい体制と場所で、多くの人の協力を得ながら、軌道にのりはじめています。自宅の引っ越しもなんとか終わりました(かたづけは残っています)。もうすぐ父の一周忌で、こちらについても、ようやく落ち着けそうです。そこで、ブログやウェブサイトも更新再開をする気持ちになってきました。

 といっても、忙しい日々は続きます。3月はじめには、二人目の我が子の誕生を迎えることになりそうだからです。でも、この忙しさは、上記のような「もがきながら」という感じではなく、希望を抱きながらの日々です。

 今後ともよろしくお願いいたします。


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2005.12.18

『ないた』

 長新太さんの絵本を、0歳10ヶ月のわが息子がどう見ているかはわからないが、少なくともあの色づかいがお気に入りのようである。

 言葉づかいや一枚一枚めくる時の面白さは、まだわかっていないであろう。でも、長さんの本に、わが息子は飛びつく。ずりばいをするようになってからは、はっきりとした。

 この本の内容について、事前に情報は持ってなかった。長さんが絵を描いているということで、手に取ることにしてみただけだ。
 立ち読みして、すぐ引き込まれた。ぐっと涙をこらえた。買うことに決めた。
 
 人には、いろんな涙がある。そんなことを、あらためて考えさせてくれる絵本だ。
 読者が人生を重ね、新しい涙を知るたびに、この本は違って見えてくると思う。
 息子よ。いろんな涙がわかる人になっておくれ。
 父さんも、もっともっと、いろんな涙がわかる人になるように生きていくよ。
(中川ひろみち作/長新太絵『ないた』金の星社 、2004年)

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2005.12.17

10万キロ!!ポロGTI

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愛車フォルクスワーゲンPOLO GTI に乗りはじめて丸4年と半年。走行距離10万キロに達しました。乗れば乗るほど、車の良さがわかってきます。いい車です。

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2005.12.03

全国自立援助ホーム連絡協議会東京大会

2005年12月2-3日、アルカディア市ヶ谷私学会館にて、全国自立援助ホーム連絡協議会東京大会が行われました。

 私は 「丸太の家」の理事として、年一回行われる同協議会大会に参加しました。全くのボランタリーアクションとして自立援助ホームをつくってきた世代からその理念をどう受け継いでいくかという課題があるということがよくわかりました。特に、予算の拡大がされ、さらにこのホームの社会的認知がすすむなかで、この課題がより浮上してくるということのようです。

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